「アメリカのロボットは、できるところから作っています」ロボットの発展を見てきた、日本生まれエンジニア 大永英明氏インタビュー

大永英明氏は、1970年代からアメリカのロボット産業の発展を内側から目撃してきたエンジニアだ。最初に仕事をしたのは、「産業ロボットの父」とも呼ばれるジョセフ・エンゲルバーガーの会社だった。従来のロボットから新しいロボットの時代へ。同氏に、これまでの経験と現在のロボット業界について聞いた。

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大永英明(おおながえいめい)氏は、日本生まれ。高校卒業後にアメリカに渡り、シラキュース大学、ブリッジポート大学で電気工学を専攻、工学修士を取得。ユニメーション社を皮切りに、アデプト・テクノロジーズ社など数々のロボット会社に関わってきた。現在は、イノベーション・マトリックス社を経営し、アジア太平洋地域とアメリカを結んでロボット関連製品販売、システム統合などを手がける。

Q. ロボットとの出会いを教えて下さい。

A. 大学卒業後にロボット会社に就職したのがきっかけでした。私は高校卒業後に、アメリカのシラキュース大学電気工学部に留学をしました。ただ、ロボットにはまったく無関係な学生生活でした。もともと音楽や工作、電気が好きで、日本ではマルチメディアを使ったコンサートもやったりしていました。卒業後も、コンピュータを使ってアナログの文化を動かすような仕事に就きたいと思っていたのです。ところが、卒業当時はオイルショックもあり、希望が叶えられない。そんな中、日本語ができるエンジニアを求めているロボット会社があると聞いて訪ねて行ったのが、ユニメーション社でした。

Q. 世界初のロボット会社と呼ばれるところですね。

A. 会社では、油圧駆動ロボットが動いていて、川崎重工のロゴもついていた。親しみも感じましたし、また音楽のコンサートでロボットが使えるかもしれないなどと考えて就職したのです。ところが、いったん働き出すと電気回路設計の仕事があまりに面白くて、すっかり夢中になりました。ユニメーション社は、最初の産業用ロボットを開発した会社で、日本でも知られるジョセフ・エンゲルバーガーが共同創設したものです。川崎重工は同社の技術ライセンシーで、それは川崎重工の機械力とユニメーション社のソフトウェアを合わせれば強力なロボットができるとにらんだエンゲルバーガーの戦略でした。

Q. ユニメーション社のロボットは広く使われていましたか。

A.  1970年代後半から1980年代にかけては、日本メーカーの製品もどんどん出てきましたが、ユニメーション社のロボットはトップを走っていたと思います。最初に導入したのは自動車産業で、ボディ溶接から始まって、アーク溶接、組み立てに用いられるようになりました。

1961年に初めてGMの製造ラインに入ったロボット、ユニメート。現在は、ロボットの「ホール・オブ・フェイム」に殿堂入りしている。(http://www.robothalloffame.org/inductees/03inductees/unimate.htmlより)

1961年に初めてGMの製造ラインに入ったユニメーション社のロボット、ユニメート。現在は、ロボットの「ホール・オブ・フェイム」に殿堂入りしている。(http://www.robothalloffame.org/inductees/03inductees/unimate.htmlより)

Q. ユニメーション社では、ロボット技術がどのように発展していきましたか。

A. 油圧駆動が電動になり、制御のしくみもコンパクトになりました。専用回路は、コンピュータを取り入れた制御とロボット言語に変わった。VALという言語で、スタンフォード大学で人工知能を研究していたヴィクター・シャインマン開発に基づいています。ユニメーションは、シャイマンの会社、ヴィック・アーム(Vic Arm)社を1977年に買収しています。

Q. ユニメーション社には、15年間在籍されました。

A. ユニメーション社は、1983年にウェスティングハウス社に買収されます。同社はGEと並ぶ大企業です。買収後、制御装置のタスクフォースに関わり、週1回のミーティングを行いながら、今後の戦略を練っていました。そこで決定された方針は、画像処理を取り入れたロボット開発を行うというもので、おそらくロボット業界では初めてのものだったと思います。またこれは、日本のロボット開発との違いとも言えます。

Q. どういった違いでしょうか。

A. 日本のロボットは大量生産向けに考えられています。従って、それぞれのロボットに対する要求レベルが高くありません。ロボットはせいぜい2工程くらいのタスクを行い、それを50台並べて100工程こなすといったものです。大量生産が正確にできればいい。これに対して、アメリカは製造業を日本やアジアに取られてしまい、大量生産ではなく少量多品種を行う生産体制に切り替わっていました。そうなると1台のロボットに対する要求が高くなるのです。画像処理を取り入れたことによって、ロボット制御装置の作り方も変わってくるわけですが、日本では指示通りの反復作業を行うのに対して、アメリカのロボットは外部の情報に対応することが前提となっていました。

Q. その後、1989年に独立され、すぐにアデプト・テクノロジーズ社に移られましたね。

A. ウェスティングハウス社でタスクフォースを行っていた頃、西海岸の研究開発部門が、大企業の中では自由に研究ができないとスピンアウトを決め、それで1983年に設立されたのがアデプト社です。ヴィック・アーム社からユニメーションに移ってきていたブルース・シマノとブライアン・カーライルが中心となっています。私は、ユニメーション社を辞めた後、1989年にユニバーサル・テクノロジー社を共同創業し、開発やシステム統合、コンサルティングを行っていました。同社今でも健在です。ところが、アデプト社が日本に支社を作りたいというので、関わることになったのです。

Q. アデプト社では、日本とアジア地域の営業やビジネス展開を担われますが、その当時はどんなロボットを扱っていたのでしょうか。

A. ギアがなく、モーターとアームが直結したダイレクト・ドライブ型のロボットです。これに画像処理技術を組み合わせ、チョコレートやハムなどの食品産業のパッケージングなどで非常に広く使われました。先ほど申し上げたような画像処理を用いた包装ロボットは、日本でデモをするととても驚かれました。アデプト社のロボットはブームを引き起こし、真似をしたロボットも出てきましたが、制御装置の作り方が根本的に違うため、決して同じものはできない。また、目と手を合わせた何でもできるロボット・セルも、強力にアピールしたものです。スピードは少々遅くなっても、減産や増産に簡単に対応できるものでした。

現在のアデプト・テクノロジーズ社ののパッケージング・ロボット。同社のカタログより(http://www.adept.com/より)

現在のアデプト・テクノロジーズ社ののパッケージング・ロボット。同社のカタログより(http://www.adept.com/より)

Q. 画像処理以外で、アメリカと日本のロボットのアプローチで、当時異なっていたことは何ですか。

A. センサーの取り入れ方のしくみも違っていました。アメリカでは、絶対座標で伝えるため、リアルタイムで対応できたのですが、日本ではモーターの位置を教えていたため、計算に時間がかかりリアルタイムでプロセスできない。今はもう変わっていますが。ちょうどコンピュータと同じで、アメリカはソフトウェアに強く、日本はハードウェア、モノ作りに強いという違いでしょう。

Q. アデプト・テクノロジー社に10数年在籍された後、2004年に再び独立されました。

A. 2000年代初めの景気低迷の後、アデプトのシマノ、カーライル両氏が同社を去りました。二人に声をかけられてやっていた仕事なので、この機会に独立を決めたのです。二人は、制御装置を開発するプリサイス・オートメーション社を創業しています。

Q. 独立して創設されたイノベーション・マトリックス社では、どんな仕事をされていますか。

A. ひとつは、アメリカのロボット関連製品を日本に紹介、販売することです。扱っているロボットの半分は、半導体や自動車業界向けの産業ロボットです。あと半分は、テレプレゼンス・ロボットなどの新しいタイプの製品です。また、日本のロボット製品をアメリカに紹介する仕事もしており、クライアントの1社は一体型モーターのロボットを開発するマッスル社です。

Q. ユニメーション社やアデプト社で一緒に仕事をされた人々は今、どんなところにおられるのでしょうか。

A. おそらく半分は、同じロボット業界に残っています。あとは、スピンアウトしてオートメーション関連の会社を起業した人もいる。元の同僚はアイロボット社インテューイティブ・サージカル社ヤスカワ・モトマン社クカ社などに行っていますね。またロボット関連のシステム統合や開発のプログラミング、コンサルティングを行っている人たちもいます。

Q. 今、アメリカではロボット開発が活気を帯びてきていますが、日本との違いをどう見ていますか。

A. アメリカでは、要素技術を使い、できるところからやっているというアプローチで、アイロボットはその好例ですね。ベンチャー・キャピタリストもビジネスになるものを求めている。日本は、技術力は高いけれども、夢を追いかけ過ぎているところがあり、用途がはっきりしない中で行われている開発も多いように思われます。しかし、日本が力を持つ部品技術をつないでいくメーカーが増えれば、本当のビジネスになり得ると思います。日本の目指すものはレベルが高いのですが、一方アメリカのソフトウェア文化はともかく出してみて、うまくいかなければ「ごめんなさい」と謝り、改良を重ねていくというアプローチです。いい妥協点を見いだすという面では、アメリカの方法に倣うべきこともあるように思います。

Q. ロボットに求めることは何ですか。

A. ロボットは、機械、電気、コンピュータといったさまざまな要素が求められ、すべてのエンジニアリングが集結した分野です。それが、人間の希望や夢を実現する。その面白さがあって、私は今までロボットの仕事を続けてきました。高齢者への潜在的なニーズも含めて、そんな大きな定義の中で、社会全体のためにロボットを考えていくことが求められていると思います。